大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成4年(ネ)2593号 判決

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 表久守

同 表昌子

同 西村良明

被控訴人(被告) 明光証券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 朝山善成

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人は控訴人に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

三、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一、申立て

(控訴人)

主文と同旨

(被控訴人)

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は控訴人の負担とする。

二、主張及び証拠

主張は、次に付加するほかは原判決「第二 事案の概要」に記載されているところと同一であり、証拠は、原審及び当審における記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

1. 原判決二枚目表三行目と四行目との間に次のとおり加え、四行目の「3」を「4」と改める。

「3 被告(茨木支店の外務員Bが担当)は、平成二年一〇月三一日及び一一月一日の二回にわたり、原告名義で取引所においてNOK株合計二万六〇〇〇株を買い付けた(以下、本件取引という)。」

2. 原判決二枚目表六行目の「二 被告の主張」から同裏九行目の「行ったものか。」までを次のとおり改める。

「二、争点

本件取引は原告の委託(注文)に基づくものか。

1.(争点に関する被告の主張=抗弁)

(1)  Bは、平成二年一〇月三〇日原告に対しNOK株一万株の買付けを勧めたが、その際原告はBに任せるといってこれを承諾したので、Bは直ちに当日買付可能であったNOK株八〇〇〇株を原告名義で買い付けた。

(2)  翌一〇月三一日午前九時ころ、Bは電話で原告に対し右八〇〇〇株の買付けを報告するとともに、NOK株をさらに買増しするよう勧めたところ、この時も原告は、Bに買付株数も金額もすべて任せるといってこれを承諾したので、Bは同日にNOK株一万六〇〇〇株を買い付けた。

(3)  さらに、一一月一日午前九時ころ、Bは電話で原告に対し右一万六〇〇〇株の買付けを報告するとともに、NOK株をいま一度買い増すよう勧めたところ、これについても原告は承諾したので、Bは同日NOK株一万株を買い付けた。

(4)  右(2)及び(3)の買付けが本件取引であるが、この取引により結局五七一万一五八一円の損失が生じるにいたったので、被告としては、この損失分の支払いがあるまで、委託保証金代用証券である本件株券を原告に返還することを拒絶する。

2. (抗弁に対する原告の認否)

(1)  抗弁(1)の事実は認める。

(2)  同(2)及び(3)の事実は否認する。原告がBからそのような買増しの勧告を受けたことも、また、原告がこれを承諾したことも全くない。原告はかねてより、一銘柄につき一万株以上の売買注文はしないことにしており、Bもそのような原告の意向をよく知っていたものであるから、そのような勧告や承諾があろうはずがない。

(3)  原告は、一一月五日ころ、被告から送付されてきた信用取引報告書により本件取引が行われたことを知り、ただちにBに対し注意したが、その際Bは、原告に無断で本件取引をしたことについて謝罪するとともに、早速善処する旨を約したものである。」

三、争点に対する判断

1. 被控訴人の抗弁(1)の事実については当事者間に争いのないところ、同(2)及び(3)の事実については、証人Bの証言中にその旨の供述部分があるだけで、それを裏付けるような的確な証拠はなんら存在せず、一方控訴人は、そのような事実は全くなく、信用取引報告書が送付されてきて初めて本件取引が行われたことを知り、直ちにBに対し抗議するとともに買付けを取り消すよう要求した旨供述し、甲第四号証(控訴人の陳述書)にも同旨の供述記載が存在するのであって、両者は真向から対立する形となっている。

2. もっとも、たとえ被控訴人の従業員の証言であっても、それが特に信用すべきものと認められるのであれば、これによって被控訴人主張の抗弁(2)及び(3)の事実を認めることができないわけではないので、以下この点について検討するに、乙第八号証、第九号証の一ないし三、証人B、同Cの各証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1)  被控訴人会社においては、顧客の注文によって株式の売買をした場合、数日後にその旨の報告書を当該顧客に送付する手続が励行されており、本件取引についても、平成二年一一月五日ころに「信用取引報告書」が控訴人方に送付されているのであって、このようなシステムの下においては、顧客の承諾もなしに無断で売買取引をしてもすぐに露見してしまうので、被控訴人の外務員であるBがあえてそのような行為に及ぶものとは考えにくい状況にあった。

(2)  NOK株は、同年一〇月三〇日から一一月一日にかけて、一株九四〇円から九五〇円、九八〇円、さらには一〇〇〇円、一〇一〇円と急激な値上り傾向にあり、Bが顧客である控訴人のために買注文を強く勧めたとしてもなんら不自然ではない市況であった。

(3)  控訴人は、被控訴会社から本件取引の信用取引報告書から送付されてきた後の平成二年一一月五日ころ、被控訴会社茨木支店に赴き、担当者であるBに対し本件取引に関し異議を述べた(もっとも、控訴人はBの無断買付けについての抗議であったと言い、Bは買付株が多すぎることについての苦情であったと言って、両者の言い分が対立している。)が、同支店の責任者である支店長に対して抗議をしたようなことはなく、控訴人が支店長に抗議したのは、本件取引の三か月後の平成三年一月三〇日に電話で本件取引が無断買付けである旨を述べるとともに、Bを担当者から外して他の者と交替させるよう要求したのが初めてであった。

右認定事実によれば、証人Bの前記供述部分も特に不自然とはいえないようにみえないわけではない。

3. しかしながら他方、甲第一号証の四ないし六によれば、本件取引によるNOK株の買付金額はあわせて二八九〇万円であることが認められるところ、このような高額の買付取引について控訴人が金額や株数もBに一任して委託したということ自体、やや理解しにくいところであるばかりでなく、甲第四号証、乙第二号証の一ないし六、第五号証、証人B、同Cの各証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、次のような事実が認められる。

(1)  控訴人は、平成二年八月二一日、被控訴会社(茨木支店)と本件委託契約を締結して株式の信用取引を始めたが、危険を分散するために、一銘柄につき一万株を超えては売買の注文をしないとの基本方針を立てて実行するよう努めていたものであって、このことは折りに触れて担当の外務員であるBにも伝えていたので、同人もそれを承知していた。もっとも、控訴人が本件取引以前に一銘柄につき一万株を超えて注文したことが全くなかったわけではないが、それは、Bの要請により同人の営業成績を挙げさせるために、ごく短期間に手仕舞するとの約束のもとにしたにすぎなかった。

(2)  控訴人による売買の注文は、同年一〇月には、Bを通して、土、日曜日を除いてほとんど毎日のように行われていたが、本件取引を境に突然これが行われなくなり、一一月二八日に、先に売付注文をしていた倉敷紡績株につき買付けによる決済をしたほかは、控訴人と被控訴会社の取引はまったくなされなくなった。(なお、そのころ、控訴人が絵画取引に興味を持ち、株式の信用取引から絵画取引に関心を移してしまったことを認めるに足りる証拠はない。)

(3)  同年一〇月三〇日のNOK株八〇〇〇株の買付けが控訴人の委託によるものであることは、前記のとおり当事者間に争いがないのに、その翌日及び翌々日の本件取引については、同一一月五日ころにそれを記載した「信用取引報告書」が被控訴会社から控訴人に送付されるや、早速控訴人が被控訴人会社茨木支店に赴き、担当者のBに対して本件取引に関し異議を述べた(但し、その異議の内容については前記のとおり両者の言い分はくい違う)ところ、Bも善処することを約した。

(4)  平成三年一月三〇日、控訴人はBの上司である被控訴会社茨木支店長Cに電話をかけ、本件取引が控訴人に無断でなされたものである旨述べて抗議するとともに、控訴人の担当者をそのようなことをしたBから他の者に変更するよう要求したところ、同支店長は、早速控訴人の担当者をBからDに変更した。

以上の事実に照らすと、証人Bの前記供述部分は、右の2で認定した諸点を考慮してもなお、これを特に信用すべきものと認めることは困難であり(したがって、一一月五日の控訴人の異議の内容も無断買付けに対する抗議であったと推認するのが相当である)、これをそのまま採用することはできないというよりほかはなく、そのほかに、右事実を認めるに足りる証拠はないから、抗弁(2)及び(3)については、結局その証明が十分でないことに帰着するというべきである。

顧客の証券会社に対する株式の信用取引の委託のように通常電話を通じて行われる合意の成否については、これが争われた場合、それを直接に証すべき証拠としては関係当事者の供述しか存在しないのが通例であり、その供述内容が対立すれば、予め的確な証拠を確保していない限り、水掛け論となって結局合意の成立を証明することが困難となることがありうるけれども、それだからといって、右合意の成立については心証度の低い証明で足りるものとすべき根拠を見出すことはできない。

4. 本件株券が本件委託契約に基づく信用取引に関して控訴人が被控訴人に対し負担する債務の担保として預託されたものであることは、前記のとおり当事者間に争いのないところ、乙第一号証の八によれば、平成三年七月二四日の時点で、本件委託契約に基づいて控訴人が被控訴人に対して負担する債務(損金、本件取引分を含む。)の額は五七一万一五八一円であったことが認められる。ところで、乙第二号証の六によれば、本件取引によって買い付けたNOK株のうち、一〇月三一日買付け分については同三年四月三〇日、一一月一日買付け分については同年五月一日にそれぞれ処分され、その結果合計五八七万三一八一円の損勘定が生じたことが認められるので、前記の債務の額はすべて本件NOK株の取引によって生じた損金であるというべきところ、このNOK株の買付けが控訴人の注文によってなされたものであるとの点について証明が十分でないことは前記のとおりであり、その損金について控訴人に支払義務はないというべきであるから、結局、本件委託契約に基づく控訴人の被控訴人に対する債務は存在しないことになる。

四、そうすると、本件委託契約の解除・終了に基づいて本件株券の返還を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これを棄却した原判決は不当であって本件控訴は理由があるので、原判決を取り消したうえ控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 野村利夫 楠本新)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例